【7月23日付】「核兵器禁止条約の国連会議」に参加して 条約は核兵器が違法化

 2017.7.9 大平喜信

 

「賛成122」とスクリーンに投票結果が映し出されると、会場は大歓声や指笛、万雷の拍手に包まれ、あちらこちらで握手やハグをしたり、涙を流す姿が。核兵器禁止条約が採択され、人類と決して共存しえない核兵器に「悪の烙印」がおされた、まさに歴史的瞬間に立ち会うことができました。
 
 核兵器の非人道性、被爆者のうったえやその生の姿は、一人ひとりの政府代表らに「なんとしてもこの条約をつくらねば」との勇気と決意を呼び起こさせ、行動へと突き動かしていました。キューバのベルソン軍縮大使は「この条約の歴史的意義を大いに知らせたい。この2週間そこらの結論などではなく、世界が70年間積み上げてきたものが結実したということ」と述べ、「私自身も広島に訪れ、被爆者の姿にふれるなかで、この惨劇を二度と繰り返させてはならないと固く決意し、今度の条約起草にものぞんでいる」とおっしゃっていました。また、日本と同じく「核の傘」の下に身を置く国であるオーストラリアから参加した国会議員の方が国連会議で発言。「我が国の政府代表が参加していないのは非常に残念。しかし私は被爆者のお話を伺い、リスクを背負ってでもここに来なければと、自らの意思と資金で参加した」と語っていたことがたいへん胸に響きました。


 ホワイト議長はじめ何人もの外交官が、市民社会の長年にわたる行動とそれがはたしてきた役割についてふれ、心からのリスペクトをし、感謝の弁を繰り返し述べていました。そして市民社会の代表もまたそんな政府関係者を信頼し、自らも発言するとともに、彼らの一つひとつの発言に惜しみない拍手を送るなど、それぞれが信頼をしあう姿がありました。また、いろんな立場のある各国同士もおたがいを尊重しあいながら理性と熱情をもって真剣に議論をかわし、一つひとつ一致点を確認し合意形成をはかりながら、この画期的な条約を作り上げていきました。これこそ民主主義だと感じたし、大国が上からものを言って事が決まるような時代は終わった、綱領やこの間の大会決定がいう「世界の構造変化」が、平和な国際社会を築く上で巨大な力を発揮しているということを目の当たりにし肌身で実感することができました。


 そして、そんな平和と民主主義が輝く国際社会を築く上で、もはや市民社会の役割を抜きには語れなくなりました。あらためてですが、世界諸国民一人ひとりの力が国際政治を動かし、つくりあげていくんだとはっきりと確信することができました。その点ではジェンダー精神、男女平等の重要性も痛感しました。


 閉会後、会場を出たところで、被爆者のサーロー節子さん、藤森俊希さんのお話をあらためて聞き、がっちりと握手もさせていただきました。「亡くなった被爆者の仲間たちにも『やっと条約ができたよ』と伝えたい」(サーローさん)、「ヒバクシャ国際署名を開始して一年後ろに条約ができるとは思ってもなかった。世界の皆さんに感謝したい」(藤森さん)などと喜びを語るとともに、「世界は日本政府に不信を強めている。ここに来てみんなの話を聞かずにどうして橋渡しができるのか」(サーローさん)、「日本政府の態度にはらわたが煮えくり返る思い。政府代表は3月に『ここでは誠実に、建設的な議論ができない』と発言して会場をあとにした。よりによって被爆者が発言した後に」(藤森さん)など、日本政府・安倍政権への満身の怒りも語られました。


 さらに藤森さんからは国内外の多数のメディアに囲まれる中で、「東京都議選で政権党は惨敗をした。私たちは決してへこたれない。必ずやこの政権は国民によって倒されるに違いない」と自信に満ちた表情でうったえられておられたこともたいへん印象的でした。
 
 広島出身の日本共産党国会議員として、被爆者や世界からの参加者の一言一言をあらためて胸に刻み、条約がもつ法的規範の力にしっかりと依拠しながら、被爆国日本の政府の姿勢を変えていき、また、安倍政権を終わらせ、新しい野党と市民の共同による「非核の政府」をつくっていく国会内外のたたかいへと、その先頭に立ってがんばる決意です。
 
 あらためて、送り出してくださった関係者の皆さんに心からのお礼を申し上げます。ありがとうございました。