【11月12日付】鳥取市吉岡温泉疎開者が経験語る 戦争のない世の中をつくって

 鳥取市吉岡温泉町の住民有志でつくる「元疎開児を招く会」は1027、28の両日、戦争末期に神戸市から吉岡村(現吉岡温泉町)に学童疎開した森口武彦さん(84)を招き、体験を聞く会を開きました。


 1944年9月から45年3月まで、神戸市の旧名倉国民学校の6年生99人(男子61人、女子38人)が吉岡村に集団疎開しました。男子は宝泉時、女子は二つの旅館に分かれて生活。旧吉岡国民学校に通い、音楽室などで勉強しました。


 森口さんは当時の体験について、イナゴを1人約100匹捕まえて、釜ゆでして3日間天日干しにし、すりつぶしてふりかけにして食べた▽草履が雪に埋まったため、裸足で雪の中を学校まで通い、凍傷になった▽鳥取市からプレゼントされたナシを取りに行った帰り道で米艦載機の機銃掃射を受けた▽戦後の方が食料事情が悪く、神戸では油を絞ったトウモロコシのかすが配給され、わずかなコメにまぜておかゆにして食べたことなどを話しました。


 卒業のために神戸に帰り、3月17日の神戸大空襲で亡くなったり、孤児になった子どももいたとして、「戦争のない世の中をつくってほしい」と語りかけました。