【4月19日付】日中友好協会米子支部が講演会

台湾問題は平和解決を

 

鳥取県の日中友好協会米子支部は4日、米子市で講演会を開き、約100人が参加しました。


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【4月9日付】鳥取市で小水力発電シンポ-小水力で地域活性化を

市民エネルギーとっとりは3月29日、鳥取市で小水力発電シンポジウムを開きました。


 栃木県北東部を管轄する那須野ケ原土地改良区連合の星野恵美子参事が、小水力発電の取り組みについて基調講演し、徳島県・佐那河内村産業環境課の佐河敦氏が新府能の小水力発電所開設、岡山県津山市阿波村担当の田中健昌氏があば落合川小水力発電事業の可能性調査、鳥取県・用瀬町の上紙一正氏が別府小水力発電所の更新事業についてそれぞれ報告しました。


 星野氏は、土改連の職員10人で農業用水路に設置した8基の小水力発電所(最大出力1500㌔㍗)を管理運営し、除じん機のごみ取りを地元農家に任せるなど雇用も生まれ、約2億5000万円の売電収入の半分を農家に還元していると紹介しました。


 創意工夫によって14億円の建設費を6億6000万円に圧縮、4基同時発注で1基当たりのコストを4割削減、5000万円の除じん機を260万円のオリジナル機で代替、メンテナンス費を格安の1300万円に抑えるなどで、補助金と自己資金だけで借り入れなしで経営していると報告しました。


 佐那河内村の佐河氏は、300㌔㍗の小水力発電所を復活させたかったが、経費が大きくなりすぎ、㌔㍗に抑えて農水省の補助事業(補助率2分の1)の適用を受け、7600万円で建設したと紹介。少量、高落差でリスクが大きく、大手から断られたが、経費を抑えるために鋼管をポリエチレン管で代替し、外国製の水車を採用し、系統連携で逆変換装置を使わないという非常識を貫き、ベンチャー企業に発注したと説明しました。計画が実現できたのは、通常、水車と発電機だけで1億円するところ、高性能で1500万円の格安な外国製水車が見つかったことだと指摘しました。買い取価格は1㌔㍗当たり34円です。


 阿波村担当の田中氏は、町の職員がコンサル任せにして計画が動かなかったのを、自分が地域おこし協力隊として担当することで軌道に乗ったとして、現状を報告しました。


 用瀬町の上紙氏は、別府集落の住民385人を組合員とする電化農協を設立し、更新のためにFITに乗せ、134㌔㍗の発電所を作り、利益を組合員に還元しているとのべました。


 岡山県・西粟倉村の産業観光課長は「2基めが完成すれば、小水力だけで村税収入に匹敵する1億2000万円の売電収入になり、地域が活性化する」と発言しました。

【4月9日付】鳥取市で水無田気流講演会-男と女の二つの改革を

鳥取市で3月18日、男女共同参画講演会が開かれました。詩人で社会学者の水無田気流さんが講演し、男性の抱える「仕事人間」、女性の抱える「良い母親」という二つの問題の解決を訴えました。


 水無田さんは、女性の生きづらさの背景に、日本社会が求める―女性への家庭内労働の当然視▽世界が驚く家事・育児の水準の高さ▽男性の家計を支える強い責任感―があると指摘。これらの文化規範が、男性を「仕事」と「職場」に閉じ込めて家庭と地域から切り離し、女性を過度な家事・育児に縛り付けて「仕事」と「職場」から遠ざけ、女性に負担を強い、自由な時間を奪っているとのべました。

【4月9日付】鳥取県が全国初の林業訓練施設-林業事故をなくそう

 鳥取県は、オーストリア林業に学び、安全に特化した林業研修を行うため、全国初となる「とっとり林業技術訓練センター」を林業試験場内(鳥取市)に開設しました。チェーンソーの安全な扱いなど、基礎訓練を徹底して行う教育施設です。


 3月28日に開設式が開かれ、行政や林業関係者が見守るなか、訓練装置を使ったチェーンソーのキックバック(操者への跳ね返り)の仮体験、伐倒、枝払い、風倒木伐採などの訓練が実演されました。


 重大な事故の7割がチェーンソーによるものとされ、チェーンソーを使った作業が、実践に近い形で理論的に学べることがこの施設の特徴です。

【4月9日付】鳥取市で倭人の食卓シンポ-倭食から和食への進歩

 鳥取市で3月18日、第1回とっとり弥生の王国シンポジウム「倭人の食卓」が開かれました。主催は鳥取県埋蔵文化財センター。


 山口大学教育学部の五島淑子教授が「倭食から和食へ」と題して記念講演し、弥生時代の食事や郷土料理のレポート、パネルディスカッションが行われました。


 五島教授は、和食は倭食から発展したものであり、縄文時代、弥生時代の倭食が、古墳時代、奈良時代にかけて和食として完成し、江戸時代、現代の至ると説明しました。


 縄文時代は狩猟採取の倭食であり、縄文末期に稲作が入り、弥生時代には狩猟採取の倭食に穀類食が加わり、しだいに穀類主体(コメ2にハダカムギ1の割合)の和食になったと語りました。


 倭食の特徴は、縄文時代に煮炊き用の縄文土器が登場し、弥生時代に炊飯用の弥生土器が登場し、生で食べられない物、硬い物、小さな物などが食べられるようになり、食材が豊富になり、腐敗を防ぎ、日持ちし、ごった煮の美味しさが実現したと指摘しました。


 食事の変化に伴う体格の変化について、縄文時代(中国地域)の推定身長は男性158㌢、女性147㌢、弥生時代はそれぞれ162㌢、148㌢、古墳時代は163㌢、152㌢、江戸時代は156㌢、145㌢だと紹介。弥生時代に、渡来人の影響と、稲作が加わったことによる食の安定と食材の豊富化で、縄文時代より体格が良くなったが、古墳時代から江戸時代に向かって、穀類主体の食事になったことで、動物性のタンパク質が不足し、大豆や穀類で補ったが、全体として不足し、身長が低くなったと推測しました。


 1840年代の地誌から推測すると、天保期長州藩の食事は、現在の日本人の食事と比べて、カロリーは変わらず、動物性のタンパク質と脂質が極端に少なく、タンパク質全体でも77%、脂肪全体に至っては20%と少ないと指摘しました。